大村市は歴史的に多くの偉人を輩出し、日本の近代化に大きな影響を与えた都市として知られています。
本記事では、明治維新から近代日本の発展に貢献した大村市ゆかりの主な偉人たちを紹介します。
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明治維新の立役者たち
明治維新期に活躍した大村市出身の人物たちは、日本の新しい時代の礎を築く重要な役割を果たしました。
渡辺清
1835年 – 不明
- 大村藩三十七士の一人として幕末期の大村藩を支えた人物。
- 江戸城無血開城の際には会談に立ち会い、新政府においても福岡県令や福島県知事として地方行政を担いました。
新精隊を結成し、戊辰戦争で活躍。西郷隆盛と勝海舟の江戸城無血開城の会談に立ち会いました。明治新政府では福岡県令や福島県令を務め、貴族院議員にも選出されました。
参考:大村市/渡辺清
渡辺昇
1838年5月1日 – 1913年11月10日
- 渡辺清の弟であり、剣術の達人。
- 薩摩藩と長州藩の間で締結された薩長同盟の実現に尽力し、明治維新の成功に貢献しました。
長州藩の桂小五郎(木戸孝允)と兄弟弟子の間柄を活かし、薩長同盟の締結に大きく貢献しました。明治政府では大阪府知事や会計検査院長を歴任し、近代日本の剣道の発展にも尽力しました。
参考:大村市/渡辺昇
松林飯山
1839年2月 – 1867年(暗殺)
幼少期から神童と呼ばれ、藩校五教館の校長を務めました。同志である渡邉昇、楠本正隆らとともに大村藩を倒幕へと導くために尽力し、大村藩勤王三十七士の中心人物として活躍しました。慶応3年(1867年)に自宅前で暗殺されましたが、この事件が大村藩の勤王への決意を固める契機となりました。
参考:大村市/松林飯山
近代日本に貢献した偉人たち
大村市からは、近代日本の発展に寄与した各分野の先駆者たちも登場しています。
長与専斎
1838年 – 不明
- 日本の近代医学と医療制度の確立に尽力した人物。
- 「衛生」という言葉を創り出し、公共衛生の概念を日本に広めました。
長岡半太郎
1865年8月19日 – 1950年12月11日
- 世界的な物理学者であり、日本物理学の父
- ノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹や朝永振一郎らを指導し、物理学界に多大な影響を与えました。
- 文化勲章の最初の受章者としても知られています。
世界的な物理学者で、原子構造論などの研究で知られています。大阪帝国大学の初代総長を務め、後にノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士や朝永振一郎博士を教えました。昭和12年(1937年)には、最初の文化勲章を受章しています。
参考:大村市/長岡半太郎
楠本正隆
新潟県令、東京府知事、衆議院議長を歴任し、日本の近代都市計画の基盤を築きました。日本初の都市公園である白山公園の建設や、東京での公園整備に尽力しました。その後、衆議院議長を務め、男爵の称号を受けました。
石井筆子
1861年 – 1944年
- 女性教育と知的障がい者福祉の先駆者。
- 日本初の知的障害児・者施設である滝乃川学園を設立し、社会福祉の発展に貢献
渡辺清の娘で、前半生は女性教育の向上に尽力し、後半生は知的障がい者の福祉と教育の草分けとして偉大な業績を残しました。日本で最初の知的障がい児・者の施設である滝乃川学園の設立に関わり、障がい者福祉の発展に寄与しました。
参考:大村市/石井筆子
荒木十畝
1872年 – 1944年
- 近代日本画壇を代表する画家で、日本画会の幹事を務めました。
- 繊細で美しい日本画は、今日でも高く評価されています。
参考:大村市/荒木十畝
黒板勝美
明治7年(1874年)生まれ – 不明
- 近代歴史学の祖と称される歴史学者。
- 日本の歴史学研究の基礎となる「国史大系」の編さんを主導
近代歴史学者で、日本史の基本資料を活字化した『国史大系』の編纂など、日本の歴史学の確立に貢献しました。また、エスペラント語の普及にも力を注ぎ、文化財保護行政にも関与しました。
まとめ
これらの偉人たちは、大村市という地からそれぞれの分野で日本の発展に多大な影響を与えました。
その功績は、今日の私たちが享受する社会の基盤を築き上げるものであり、大村市の誇りともいえる存在です。
大村市は、これからもこの歴史を引き継ぎ、新たな偉人を輩出する地として輝き続けるでしょう。
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