長崎空港へ向かう道の「あの4人」は誰?天正遣欧少年使節の像を知る

4人の少年と海を描いたAI生成イメージ。実際の顕彰像ではありません

長崎空港へ向かう道で、4人の少年が並ぶ像を見たことはありませんか。見慣れていても、「名前までは知らない」という方もいるかもしれません。

あれは「天正遣欧少年使節顕彰之像」。16世紀に長崎からヨーロッパへ旅立った4人の少年をたたえる像です。大村の身近な風景から、海の向こうにつながる歴史を少しのぞいてみましょう。

アイキャッチは少年たちの旅をテーマにしたAI生成イラストです。実際の顕彰像や設置場所を描いた画像ではありません。

目次

正面から見て、左から誰が並んでいる?

天正遣欧少年使節の像

大村市は、像を正面に見たときの並びを次のように案内しています。

向かって左から人物見分ける手がかり
1人目伊東マンショ右手を上げている像
2人目千々石ミゲルマンショの隣
3人目原マルチノミゲルとジュリアンの間
4人目中浦ジュリアン向かって右端

並び順は「像を正面に見て」が基準です。背後や道路の別方向から見ると左右が変わります。大村市による人物順の説明

4人は何をした人たち?

1582年、4人は長崎を出発しました。キリシタン大名である大村純忠、大友宗麟、有馬晴信に関わる使節として、ヨーロッパへ向かったのです。ローマ教皇やスペイン国王に謁見し、1590年に帰国しました。

像に並ぶのは、旅立ちのときには10代だった人たちです。帰国まで約8年半。今なら学校生活の何年分にもなる時間を、海外での旅と滞在に費やしたことになります。大村市の使節紹介

旅の目的や帰国後の人生は、天正遣欧少年使節の入門記事で紹介しています。

なぜ大村に像があるの?

4人全員が大村市の出身というわけではありません。大村との大きな接点は、派遣に関わった大村純忠と、大村でも暮らした千々石ミゲルです。

大村の観光案内によると、像は使節の長崎出帆から400年を記念して建てられました。目の前の像は16世紀から残るものではなく、後の時代の人々が少年たちの歩みを伝えるために設けた記念碑なのです。大村の観光案内

歴史上の出来事と、それを記念する場所を分けて考えるのも面白いところ。海の向こうへ旅立った少年たちを、空港へ向かう大村の景色の中で知ることができます。

周辺散歩と組み合わせてみよう

像について知った後は、森園公園ガラスの砂浜の記事も合わせてどうぞ。大村湾の風景を楽しむお出かけと、歴史の小さな発見を組み合わせられます。

車窓から気になっても、道路上に停車して見学するのは避けましょう。駐車場所や歩行経路は現地の案内を確認し、安全に立ち寄れる範囲で楽しんでください。像専用の駐車場があるという案内は、本記事では確認できていません。

子どもと見るなら、名前を一人だけ覚えてみる

4人を一度に暗記しなくても大丈夫。「右手を上げているのが伊東マンショなんだって」と、一人の名前を知るだけでも見え方が変わります。

どこから旅立ったのか、どれくらいの時間がかかったのか。像をきっかけに、地図や年表へ興味が広がれば、大村の散歩が歴史を知る入口になります。

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天正遣欧少年使節とは?4人の旅とその後

大村純忠が少年たちを送り出した背景

長崎からローマへの航路と約8年半の旅

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